太極拳の歴史
太極拳は元々中国武術の一つの流派です。しかし、その中でも中国の道教の伝統的哲学とその養生学の伝統を受け継いでいる点で際立った特徴を持っています。
太極拳の起源については幾つかの説がありますが、宋の時代に張三豊という道教の道士を創始者とするのはその一つです。
また、河南省温県陳家溝の九代目の当主である陳王廷が、明の将軍威継光により編纂された古来の武術「太極三十二式」を基に道教の養生学の立場から武術と気功を結び付けた「黄庭経」を太極拳の起源とするのが、いっそう現実的な説です。
いずれにしても、太極拳と気功養生学とは切り離せない一体不可分のものです。
太極拳と少林拳
中国の武術は、大きく二つの流派に分けることができます。ひとつは少林拳に代表される“外家拳”です。別名、硬拳とも言われ主に骨格、筋肉、皮膚などを鍛錬し、猛力(全身の力を込めたもの)を用いるもので、動作はきわめて俊敏です。
もう一つは太極拳に代表される“内家拳”で、別名軟拳とも言われています。
これは主に精神を統一させて、「気」を修練するものです。
少林拳と太極拳は一見、かなりの違いがあるように見えますが、究極の目標は全く同じです。
鶴の舞
太極拳を練習するとき、鶴の飛翔する姿を連想し、その優雅で繊細な動きに近づきたいと念じています。そのため、太極拳の根源は鶴の動きと呼吸に依拠したともいわれ、型の考案も鶴と蛇の闘争から得られたといわれています。
ご承知のとおり、鶴は亀と並んで長寿のシンボルであり、お祝いごとに必ず登場する動物です。これに加えて鶴が人々に愛されるのは、繊細な体躯から漂う気品ではないでしょうか。地上における鶴の気品は、ひとたび飛翔すると優雅な舞いに変わります。その姿は、得も言われぬ美しさです。
日本では「夕鶴」に代表されるように、鶴にまつわる物語は多いようですが、中国にも不老長寿や神仙の話にしばしば登場し、古人の羨望の的であったようです。
さらに鶴に関して興味深いことは、非常に小食だということです。このことは長寿と深く結びつく問題です。昔から「腹八分目」の格言が示すように、食べ過ぎ、飲み過ぎは命を縮めることにもなります。また、鶴は山林の沼地で生活しているため、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込むことができます。いわば宇宙の気と常に接触しているわけです。このことも長寿の一因と考えられています。
鶴と並んで長寿のシンボルである亀は、兎との駆け比べで知られています。ご存じのとおり、亀は動作がのろく兎に軽べつされますが、最終的には競走に勝っています。誰もが知っているおとぎ話の意味するところは何か、それは努力の大切さです。
太極拳は型こそ鶴の動作を多く取り入れていますが、動きは亀の歩みに似て非常にゆったりとしており、その上、丸くて柔らかく、しかしながら、弛まず練習を積み重ねることで、ついには健康という成果を勝ち取ることができるのです。
そのような意味からも太極拳は日本人に愛される「鶴」と「亀」の長所を兼ね備えた医療体術だといえます。
参考文献:
- 林茂美・林誠著.らくらく気功健康法―だれにでも手軽にできて効果抜群.永岡書店,1990
- 関口善太著.〈イラスト図解〉東洋医学のしくみ.日本実業出版社,2003
- 安井廣迪著.医学生のための漢方医学【基礎編】.東洋学術出版社,2008
- 平馬直樹・浅川要・辰巳洋著.オールカラー版 基本としくみがよくわかる東洋医学の教科書.株式会社ナツメ社,2014
- 仙頭正四郎著.最新 カラー図解 東洋医学 基本としくみ.株式会社西東社,2019