前項までに身体の健康にはこころの健康が関与していることを述べましたが、さらに「第3項の全人的健康観」で述べたように私達人間は身体、心のほかにスピリチュアリティとよばれる要素を有している有機的生命体であることが認識されています。身体と相関している心にさらに深いところで関与しているのがスピリチュアリティと考えられます。
スピリチュアリティとは「霊性」 や「精神性」などと訳されます(Wikipedia)。 「3.全人的健康観」のところで紹介したように、WHOでは健康の定義にスピリチュアリィを加えた改訂には未だ至っていないものの、1990年に公刊された「がんの痛みからの解放と積極的支援ケアに関するWHO専門委員会報告書」にてスピリチュアリティとそのケアの必要性について述べ、その後世界中のがんの終末期ケア等の医療現場でスピリチュアルケアが実践されています。
WHOの専門委員会の報告書ではスピリチュアルとは「人間として生きることに関連した経験的一側面であり、身体感覚的な現象を超越して得た経験を表す言葉であって、身体的、心理的、社会的因子を包含した人間の<生>の全体像構成する一因子とみることができ、生きている意味や目的についての関心や懸念とかかわっていることが多い」とされています。このように「スピリチュアル」は感覚的経験を超えた深い内的体験に関わること、ボディ、マインド、ソーシャルの3因子とは異なる独自の領域として生きる意味や目的についての関心や懸念に関わることが指摘されました。
その後WHOでは2002年に世界におけるQOLの代表的研究者や4大宗教家を集め、国際調査研究を実施し、スピリチュアリティの世界標準的定義を検討しました。その結果、宗教、文化、民族を超えたスピリチュアリティとは「生きていく上での規範、個人的人間関係、超越性、特定の宗教に対する信仰」という四つの領域を包括するものとして定義されました。
哲学、宗教学、心理学の一部、教育学分野では、スピリチュアリティは霊性、神性、仏性、サムシンググレート、聖なる良心、本当の自分、純粋意識などと呼ばれています。心理療法や精神医学の分野では「スピリチュアル」は「自己実現や自己超越」に関わる意味で使われることが多いようです。
あなたは日々の喧騒から離れ、静かに対象物に集中し絵を描いている時、編み物をしている時、スポーツに没入している時(ゾーンに入った時)、音楽を聴いている時、大自然の中に身を置いている時など好きな何かに没頭している時(無我の境地の時)に平安な安らぎを感じたり、至福感を感じたり、宇宙との一体感を感じたりした経験はありませんか?その瞬間こそがスピリチュアルな存在である「本当のあなた」が垣間見られた瞬間です。
普段は慌ただしい日常生活の中で、あなたは外界からの刺激に対して、これまで経験してきた感情・反応体験から形成された記憶にもとずく認知と判断により特徴づけられたとりとめのない意識のもとに生活しています。そしてそのような意識で生きている自分が本当の自分であると思い込んでいます。
しかしながら、これは仮の自分であって、本当の自分は潜在意識のさらに奥に存在する純粋で幸せで愛にみちた存在です。無我の境地の時に顕現し、気づく本当の自分、この本当の自分の持つ性質がスピリチュアリティといわれるものです。本当の自分は神様のような、純粋な意識で、ストレスがない状態ですから、これを実感する時間が増えるとストレスからくる身体疾患も軽減していきます。
この世に生まれた理由と意味が心から分かることを自己存在への得心と言いますが、スピリチュアリティに目覚めると一瞬のうちに自己存在への得心が得られ、死生観が変容し、これまでストレスと感じていたことが逆転し感謝の対象になるとされています。スピリチュアリティは危機的課題に直面したり、瀕死の状態にあるときに特に顕現することが多いことから、すでにWHOの報告書以来、医療・看護の分野では終末期医療などでスピリチュアルケアの実践が研究・実践されております。
今後、予防や健康づくりの次元でその取り組みを進めることが真の健康長寿には求められます。スピリチュアリティは全人的健康づくりの要ともいえる重要な要素です。この機会に自身のスピリチュアリティについて見つめてみませんか?
わが国では、スピリチュアリティというと何かオカルト的なものとして最初から受け付けない人が多いですが、本当の自分に気づくことで平安で充たされたストレスフリーの人生になるならば、これほど良い事はありません。ただ、気をつけねばならぬことがあります。例えば、スピリチュアリティを高める際に急激な意識レベルの変化により異常な精神状態になり(スピリチュアルエマージェンシー)精神病と間違われ薬物投与されたり、心が純粋でない状態で超常能力を実感し自分があたかも神にでもなったかのような万能感を抱き、他者を支配しようとしたり(自我の肥大、オウム真理教事件等)、スピリチュアルと称した霊感商法など、不純な動機による商法が横行すること等です。従ってスピリチュアリティを高める指導者を選ぶときは慎重に見極める必要があります。
スピリチュアリティが科学的に研究され、科学的(人文科学・自然科学的)かつ健全な対処法が確立されるまでは慎重に対処することが求められます。ここでは、人類の健康と幸福と平和の観点から、真摯に探求し、可能な限り科学的に研究し、発信している研究者等の情報をもとに、スピリチュアリティとは何か、その意義・役割は如何なるものか、スピリチュアリティに気づき健やかに生きる方法について、HHラボでご紹介していきます。
スピリチュアリティはこころの状態がともすれば障害物として深く影響していますので、スピリチュアリティに気づき、根差して生きるには、まずこころの健やかさが前提条件として重要となります。従ってまず、前項マインドの健康法(瞑想など)に取り組みましょう。
Tanyi,R.A(スピリチュアルケア学)、Elisabeth Kubler-Ross(精神科学)、島薗進(宗教学、死生学)、西平直(哲学・教育学 死生学)、Alfons Deeken(哲学・死生学)、David N.Elkins(臨床心理学),窪寺俊之(スピリチュアルケア・生命倫理学・死生学・宗教学)、中村雅彦(トランスパーソナル心理学・社会心理学)、山崎 章朗(緩和ケア学)、藤井美和(死生学)、大門正幸(人文学・言語学・意識科学)
監修 吉田 紀子(医学博士)プロフィールを見る