
瞑想をしていると、心地よい感覚だけではなく、足のしびれや痛み、落ち着かなさなど、不快な感覚に気づくことがあります。そんなとき、「マインドフルネスでは、これも我慢して受け入れないといけないの?」と疑問に思う方もいるでしょう。今回の記事では、不快な感覚と「受け入れる」という言葉の関係についてみていきましょう。
受け入れるとは、我慢することではない
マインドフルネスでいう「受け入れる」とは、物事のあるがままの状態を認めることです。つまり、不快な感覚があるなら、「こんな感覚があってはいけない」と否定するのではなく、まずは今、不快な感覚があるという現実に気づいてみます。
ここで大切なのは、「受け入れる=我慢する」と考えないことです。不快な感覚を無理に好きになる必要もありません。「なくなってほしい」と感じることがあっても、それ自体は自然な心の動きです。まずは、今起きていることを必要以上に否定したり、自分を責めたりせずに見てみる。それがマインドフルネスにおける「受け入れる」という態度です。
不快な感覚に気づくことにも意味がある
マインドフルネスを実践していると、これまで気づかなかった嫌な感覚や感情に気づくこともあります。しかし、マインドフルネスでは単に「嫌なものに気づく」だけではなく、そこから習慣的に反応するのではなく、より意図的に対応することも練習していきます。
たとえば、嫌な感覚があると、私たちはすぐに「こんなの嫌だ」「早くなくなってほしい」と反応することがあります。もちろん、それが悪いわけではありません。ただ、その反応にも気づくことができれば、そこに少し「間」が生まれます。その間があることで、反射的に行動するのではなく、今の自分にとってより適切な対応を選べる可能性が生まれてきます。
「受け入れられない自分」も否定しなくていい
とはいえ、強い不快感を前にして「そのまま受け入れましょう」と言われても、難しく感じることはあるでしょう。そんなときに、「ちゃんと受け入れられない自分はダメだ」と考えてしまうと、「不快な感覚」に加えて「受け入れられない自分への批判」まで抱えることになります。
瞑想中にしびれなどが生じたときには、その感覚だけでなく、「自分は瞑想に向いていないのでは」「こんなことをして意味があるのだろうか」といった判断や疑いが出てくることもあります。
そうした心の動きも悪いものと決めつける必要はありません。判断や疑いがあることにも気づきながら、可能な範囲で、今起きている体験をそのまま見てみる。受け入れることそのものを、新しい「やらなければならないこと」にしないことも大切です。
まとめ
いかがだったでしょうか。マインドフルネスにおける「受け入れる」とは、不快な感覚を好きになることでも、無理に我慢することでもありません。まずは「今、不快な感覚がある」という現実を、必要以上に否定せずに認めてみることです。
そして、不快な体験に気づいたときに、いつもの反応へすぐに流されるのではなく、自分にとってより適切な対応を選ぶ余地を与えてくれるのがマインドフルネスです。
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