はじめに
日本人の寿命が著しく延びており、平均寿命は、男性81歳、女性87歳と、世界の中で男性は
スイスの82歳に次いで2位、女性は2位のスイス(85.9歳)をおさえて1位と、著しい高齢化社会に
なってきています。では、日本人の3大死因はどうでしょうか?60年以上前から、3大死因は、脳血管疾患(卒中)、悪性新生物(癌)、心疾患(心筋梗塞他)で、2010年までは、これらで死因の6割を占めていました。

(図1)
2011年からは3位の脳血管疾患に代わり肺炎が第3の死因となりましたが、心疾患は相かわらずの2位の死因で残っています。ちなみに2030年代には、医学の進歩に伴い、死因の第一位は老衰になるのではといわれています(図1)。この、第2位の死因の心疾患というのは、心筋梗塞、狭心症、弁膜症、大動脈疾患、心筋症、先天性心疾患等の様々な疾患群がありますが、特に最近、治療方法の進歩が目覚ましい、弁膜症についてお話してみたいと思います。
弁膜症治療が増加している背景
1980年頃までは衛生環境の問題もあり、わが国ではリウマチ熱による弁膜症(僧帽弁狭窄症など)が多かったのですが、それ以降は、高齢化に伴う加齢による心機能低下によって生じる心拡大とそれに伴う僧帽弁閉鎖不全症や加齢に伴う大動脈弁尖の変性に基づく大動脈弁狭窄症が増えているため、弁膜症の患者は増えていると想像されます。また、今まで、弁膜症は人工心肺を使用し心臓を止めて行う、外科的開心術でないと行えなかったため、年齢的なものや持病を持っているハイリスクの患者さんは、治療が躊躇されていました。
しかし、最近の医学の進歩に伴い、人工心肺を使用しないカテーテルを用いての弁置換術や弁形成術の発達が目覚ましいものがあり、症例によっては90歳前後までの弁膜症治療が行われるようになってきました。これらの影響で、弁膜症治療の数は増えています。今回は、これらの弁膜症治療のうち、最近、特に多くなった大動脈弁の治療についてお話をしていきたいと思います。
大動脈弁狭窄症とは

(図2)
大動脈弁疾患は、弁が狭くて血流障害を起こす大動脈弁狭窄症と、弁が逆流を生じて有効に心臓から血液を送り出せなくなる大動脈弁閉鎖不全症があります。高齢者に増加しているのは、前述しましたように、加齢に伴う弁尖の変性によって生じる大動脈弁狭窄症が圧倒的に多く、これについて話を進めたいと思います。
大動脈弁狭窄症の病因は、地域や時代によって大きく異なります、平均寿命が長い我が国をはじめとする先進国では、加齢に伴う弁尖の変性によって生じる大動脈弁狭窄症が80%以上占め、かつて大多数を占めた、リウマチ熱による弁尖の変性による大動脈弁狭窄症は、小児期のリウマチ熱に対する適切な治療により近年はほとんど見られなくなりました。大動脈弁狭窄症の患者さんは70歳未満で人口の1%未満ですが、80歳以上では7%前後と急激に増加します。大動脈弁の弁そのものは、3枚の半月状の弁尖で形成されていますが、これが生まれつき2枚しかない、いわゆる先天性大動脈二尖弁の有病率は人口の0.5~2%とみられ、この先天性大動脈二尖弁の方は、70歳未満でも早期から大動脈弁狭窄症を生じやすいとされています。(図2)
大動脈弁狭窄症の病態と経年経過:

(図3)
大動脈弁は左心室の出口にある弁で、心臓から体に拍出された血液がふたたび心臓に逆流してこないように
機能している弁です。これが硬くなり狭窄を生じると、左心室の血液が体へ出にくくなります。そうなると、左心室は狭い出口から血液を体に送り出そうと頑張って動くため、心臓(左心室)の筋肉が、筋トレをしているような状態なので、筋肉は非常に厚くなってきます。
この心筋の肥大に対して心臓を栄養する冠動脈の血流が充分に足りなくなったり筋肉が硬くなってきたりすることにより心筋のダメージが発生し、心不全を生じてきます。(図3)心不全の症状としては、労作時の息切れ、動悸、手足の浮腫み等が挙げられます。また、心臓を栄養する冠動脈の血流が足りないというのは、狭心症の状態と同じ状態が生じていることですから、胸の痛みが出てくることもあります。さらに、心筋が厚くなってきて左心室の内腔を狭めてくることにより、左心室の容量が小さくなりますから、心臓が送り出す血液量が著しく減少すると、特に脳に行く血液が減少してしまうことにより、失神を生じることもあります。
大動脈弁狭窄症の自然歴をレポートした有名な論文では、胸痛などの自覚症状が出現すると平均余命は5年、失神では3年、心不全では2年というデータが有名ですが、その他の論文でも同様で、いずれにしても予後不良です。(図4)
健診、かかりつけ医による定期外来受診での注意点:
このような自然予後をみると放置すると恐ろしい病気ですが、大動脈弁狭窄症が発症してすぐは、自覚症状はほとんどなく、心電図、心エコー検査、さらに健診その他の診察での聴診で見つかることが多いのも事実です。心筋のダメージが出てくる前の、軽度な狭窄症では手術治療の必要はありませんが、上記のように経年的に変化、進行していく病気ですので、放置せず定期的に検査し、経過観察する必要があります。そして、適切な時期に大動脈弁手術を行う必要があります。
まず、大動脈弁狭窄症の診断が必要になります。ほとんどの方は始めは無症状のことが多く、最初は健診で心雑音を指摘されるか、かかりつけ医の先生から心雑音を指摘され、精査をされることが多いかと思います。そこで専門医を紹介され、心エコー、心電図をはじめとする精査が行われ、大動脈弁狭窄症と診断されると思います。
その際に、病気の重症度として大切なのは、心エコー上の狭窄具合の所見も一つですが、血液検査でのBNP, または、NT-pro BNPという心室から血中に出てくる心臓利尿ホルモンの値です。これが心不全や心臓の筋肉にどれだけ負担が来ているかの指標となります。初期の大動脈弁狭窄症が見つかり、その後の経過を観察していくのにも、このBNP,NT-pro BNPの値が大切です。
また、重症の大動脈弁狭窄症の場合、息切れ、胸痛、手足に浮腫み、失神発作等の症状が現れ、循環器の専門の先生に紹介され、BNP、心エコー検査を施行され、場合によってはすぐに手術治療が必要になる場合もあります。
ただ、注意すべき点として、多くの重症大動脈弁狭窄症の方では上記の心不全症状が出現しますが、時に、無症状の重症大動脈弁狭窄症の方がおられます。このような方の場合、たまたま、健診でチェックされるといいのですが、そのまま放置されていると、図4のような急峻なカーブを描き、突然死に至る危険性が高くなります。
外科的治療とカテーテル治療
大動脈弁狭窄症に対する治療としては、症状が軽いものでは薬物治療の適応です。心臓の負担を軽減させるために、利尿剤や心臓の保護薬を使用することにより、心不全の緩和を行います。ただ、重症化してくると薬物治療だけでは、心臓は徐々に機能不全を来たします。左心室の心筋肥大を生じるとともに、肥大した心筋に充分に血液が供給されない状態になると狭心症に似た胸痛が生じてきたり、心筋がさらに傷んでくると心機能低下を生じてきます。このような状況になる前には侵襲的治療すなわち、外科的な人工弁置換またはカテーテルによる人工弁置換術が必要になってきます。
まず、外科的大動脈弁置換術について話を進めます。この手術は、心臓(大動脈)を開けて大動脈弁を治療しなければなりませんので、どうしても心臓を止める必要があります。人工心肺装置を用いて、心臓を止めている間に、脳や体に血液を送りながら手術をしなければなりませんが、その間、全身の臓器が傷まないように、すこし体温を下げて完全に心臓を止めて、大動脈を切開しても血が噴き出さない状態にして手術を行う必要があります。話はそれますが、この人工心肺を使用して初めて手術が行われたのは1953年アメリカでの心室中隔欠損症の子供の手術でした。つまり、このような人工心肺を使用する手術は始まってから、まだ70数年しか経っていないということになります。
現在では、人工心肺の安全性は著しく向上していますが、それでも高齢者にとってはやはり大きな負担となります。特に80歳以上の方の場合、人工心肺の影響が大きく出やすいため、人工弁置換術はためらわれてきました。
この問題を克服するために開発されてきたのがカテーテルを用いての人工心肺を使用しない人工弁置換術です。
今回のお話はここまでにして、次回、このカテーテルによる弁置換と人工心肺を用いた人工弁置換術についてお話をしようと思います。







